ウルトラマンとの恋

私はもう、ウルトラマンを愛せない。

 

何が地球を守るヒーローよ!

私1人守ってないくせに!

 

私は、消費者金融からお金を借りている。

アルバイトもしているから決して返せない額ではないが、なかなかの額になってしまった。

 

「人は、手を差し伸べてくれない人間より、手を差し伸べても施しが不充分な人間を恨む」

 

私はウルトラマンに地球を守って欲しくない。

怪獣に日本を多少めちゃくちゃにして貰えれば、借金くらいチャラになるのではないかと思っているからだ。

 

しかし、ウルトラマンはいつも怪獣を倒す。

その度に日本中がウルトラマンを賞賛し、湧く。

 

怪獣を倒す度に私は「ふざけんな!おのれぇ!」といつも石ころを地面に投げつけ、八つ当たりをしている。

 

 

頭では分かっている。

ウルトラマン...私の彼氏は、彼にしか出来ない事をしている。

そしてそれは多くの命を救うとても素晴らしい事。

・・・しかし、つい思ってしまう。

私を守らないで、何で地球なんか守るのよ。

このままだと私、借金で首が回らなくなってしまう…。

 

 

 

 

 

「別れよう」

怪獣を倒した後、人知れず人間に戻った彼が切り出してきた。

 

突然の告白に頭を過ぎったのは、彼との思い出の数々だった。

 

なんで別れたいの?買い物袋をいつも持たせるから?借金チャラにしたいと思ったから?奨学金使ってエステ行ってるから?あんたに服買ってもらってるから?なんで?

一緒に行った近所の夏祭りも、道後温泉も、赤提灯がぶら下がった居酒屋も、湘南の海も、みんなみんな楽しかったじゃん!

 

溢れる思いに嘘はつけない。

 

「・・・なんで?!なんで別れなきゃいけないの?!嫌だ!」

 

一度言葉に出してみて、改めて確信した。

別れたくない!まだまだ一緒にいたい!

 

「今まで倒してきたどの怪獣よりも、手強そうだ」

彼は苦笑いをした。

 

「ごめんな。でももう、君とこれ以上付き合っていこうという気持ちが・・・」

 

キャーという大きな悲鳴と共に大きな地響きが聞こえた。

 

この感じ...また怪獣がやってきた!

地響きのした方向を見ると・・・いた!海老型の怪獣だ。

 

「ごめん、行ってくる」

彼はいつもの変身のポーズを取ろうと腕を天に突き上げた。

 

…かないで。

 

気がついたら彼の腕にしがみ付いていた。

 

「な、何してるんだ!変身しなきゃならないのに!」

 

「行かないで!」

 

彼の身体がボコボコと唸りを上げているのが分かる。

細胞分裂を繰り返し、40mの巨大なヒーローになる準備をしているのだ。

 

「おい!危ないぞ!変身が始まる!」

 

「やだ!別れたくないもん!」

 

彼の身体は少しずつ大きくなり、指先から徐々に赤色と銀色に変色していった。

 

「おい!!危ないぞ!!」

 

彼の変身はもう止まらない。

顔も徐々にウルトラマンのそれになってきた。

このままだとは変身した彼の腕から落ちて、地面に叩きつけられてしまう。それでも私は彼の腕を離さなかった。

 

「おい!いい加減に‥シュ...ワッチ!いい加減にしろ!」

 

シュワッチが出始めたという事は、いよいよ変身が終わりかけているという事だ。

 

「…分かった!分かったから!シュワッチ別れないから!シュワッチ!」

 

えっ?

 

「別れないから、一先ず腕から離れろおぉぉぉおおぐわぁあぁぁあシュワッチー

ーーーーーー!!」

 

彼の身体は一気に巨大化していった---。

 

海老型の怪獣とは必死に戦った。

海老型怪獣の弱点は、首元の甲羅と甲羅の間の肉だから、そこを重点的に攻め、見事勝利を収めた。

再び歓声が上がった。

しかし周囲の興奮とは逆に戦いながらも、彼女の姿を追っていた。

 

人間の姿に戻ると、いつもの集合場所に行った。

変身した場所の一番近くの駅の一番北側の出口前。

彼女は無事だろうか。

ひょっとして、腕から滑り落ちてしまったのではないか。

生きていたとしても怪我は大丈夫か。 

またこの間に怪獣が来たらどうしよう。

そんな事ばかり考えていた。

しかし心配は杞憂に終わってくれた。彼女はやって来た。 

 

「無事だったんだね、良かった」 

怪我もなさそうだ。

 

彼女はしばらく無言でうつむいた後、口を開いた。

 

「分かったから別れないから、なんてその場しのぎの言葉、聞きたくなかった」

 

「そうでも言わなきゃ、君は死んでいた」

 

「貴方への愛を失った私は、今や死んだも同然よ」

 

顔を上げ、真っ直ぐこちらを向いてくる彼女の思いの強さに驚いた。

さっきまで別れたいと思っていたのに、急に愛おしさを感じている自分がいる。

 

「たった一言で愛は失われるのか?」

 

「失うわよ」

 

そして今の様にたった一言で愛が蘇る事もある。

 

であれば…

 

「そうか。じゃあ逆にたった一言で愛を取り戻せる事もある…」

 

彼女は「えっ」と目を見開いた。

 

「俺は日本をめちゃくちゃにしてやる。そして、君の借金をチャラにしてやる!」

 

「えっ…?」彼女は目を見開いた。

 

天に腕を突き上げ、変身をした。

怪獣が襲ってきていないのに変身する事は、禁忌技だった。もうウルトラマンには戻れない。しかし、良いのだ。俺は、日本よりも大切なものを守る。

 

地上40mから見る景色もこれが最後かと、周囲を見渡し、ちらと彼女を見た。

 

彼女は、笑顔で手を振っている。

よし!俺はこれから彼女の笑顔をこの手で創る!

 

そう決心した矢先、悲鳴と地響きが聞こえた。遠くに鯛型の怪獣が見えた。

 

鯛型の怪獣の弱点は確か・・・。